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プロフェッショナルの感性を刺激する旅Vol.18~映画監督・谷内田彰久さんの韓国

プロフェッショナルの感性を刺激する旅先と、その思い出をお聞きするインタビューコンテンツ。今回は、映画監督として活躍する谷内田彰久さんに、自身の半生や作品作りに込めた思い、そして現在の生活拠点となる韓国の魅力についてお聞きします。

谷内田彰久さんは、自らの仕事を“一般的な映画監督業とはかけ離れている”と説明します。作品作りに関わる実務はもちろん、それ以外にプランナー、プロデューサーなど多様な側面を持ち、各種プロモーションからタイアップの仕掛けづくりまで、クリエイティブ、ビジネス領域の境なく縦横無尽に動き回っています。恐らく、日本の映画界、いや映像の世界全般において、このような立ち位置にある人は他には存在はしないのではないでしょうか。

例えば、年明けに日本台湾で同時公開となる映画『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』では、制作周りに加え、自らが企画・構築を進めてきた“シネマクーポン”キャッシュバックシステム導入にも注力。システム普及への足掛かりにしているのだといいます。

そんなマルチな才能の源泉は、谷内田さんのユニークな経歴にあるのは間違いありません。

「学生時代には演劇をやっていたのですが、役者ではなく現実味のある演出家の道を選びました。TV業界に就職して、24歳ではじめて深夜枠のドラマを手掛けて監督デビュー。その年に独立を果たし、CMからドラマまで年間200本近い作品の制作に携わってきました。もう、そうなると、ほぼ毎日、何かを作っているような状態ですよね」

ところが27歳になったある日、人に演出をつけることに限界を感じはじめたとのだといいます。

「結局、自分が経験していないことを演出するというのは想像の範疇でしかなかったから、圧倒的に経験が足りない。“もう思いつかない”とプロデュース側の人間に回ろうと考えたのです」

CM製作で繋がりのあった企業とのコネクションを活かしながら、映像制作のみならず、ライセンスビジネスにも着手。面白そうな案件に次々と投資を繰り返しながら、自らが立ち上げた会社は急成長を果たしていったのだといいます。

「ところが30歳を目前にして会社の業績が急落。ほぼ無一文になった状態で、半分逃げるようにして韓国へと移り住みました。そこで結婚して、しばらくおとなしく暮らしていたのですが、生活のために働かなくてはなりません。向こうで議員の秘書をしたり、韓国製のカラーコンタクトを日本で販売するECサイトを運営したり、韓国産のアサリを卸したりと様々なビジネスを少しずつ展開するようになりました」

やがて日本相手のビジネスのウエイトが大きくなり、東京にも頻繁に訪れるようになったという谷内田さん。そこで運命的な出会いが起こります。

「それを見て自分が監督になろうと決めた作品を制作したプロデューサーと偶然にもお会いする機会があったのです。それと同時に、私の会社でシステムを作っていた社員が持ってきた『タックスヘイブン』という小説が面白くて、これを映画化できないだろうか?という思いがふつふつとわいてきたのですね。企画段階でまたストーリーを作る面白さに引き戻されたのです」

様々な経験を重ねて、再び映像の世界へ舞い戻ってきた谷内田さん。しかし、自らの仕事は一貫して変わらなかったと語ります。

「私の肩書はどの時代も演出家ですよ。どうすれば利益を上げることができるか、どうすれば集客できるかを考え、そのために仕掛けをしたり、あらゆる手を打っていく。CMやドラマのプランを考えるのとなんら変わりがないと思っています」

とはいえ、この一連のビジネス経験が谷内田さんの演出にさらなる深みを与えるようになったのは間違いありません。

「演出が生々しくなったと思います。結構、人生のどん底まで落ちていって、ひどい目にもあってきましたからね(笑)。世の中のリアルってこういうものだとわかっていますから、ドラマ的嘘や映画的嘘のないものを描きたいと思うのです」

映画『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』に続き、ドラマ制作にも着手。次の映画の企画も動き出していて、しばらくは映像の世界で生きていこうと考えているといいます。

「そこに生きた人間を作らなくてはいけない仕事です。私はあらゆる社会経験を重ねてきたから、その空気感を人に伝えることができる。今は、それが面白くて仕方がないのです」

韓国に見られる昭和日本の原風景

そんな谷内田さんが勧める旅先は、現在、家族とともに生活の拠点をおいている韓国。そこには日本の昭和を思い起こさせるノスタルジックな光景が残されているといいます。

「私の韓国の家にはことあるごとに親戚が集まったりして、日本が失ってしまった家族像が、今でも確実に存在しています。そもそも、彼らは大切な家族を持っていない人間を、大人として認めない傾向があります」

谷内田さん自身、韓国に移り住み、そして結婚して子どもを持ってから、ようやく周囲に認められ、現地でビジネスができるようになったといいます。所帯をもってはじめて大人として認められるという感覚は、確かに昭和の日本には存在していました。

「家族を大事にしているからこそ国家を背負っている。彼らはけっして周囲に媚びることなく、プライドを持って自分たちの国の行く末をしっかり考えているんですよね。国民が“国なんてどうでもいい”と思っていたら、その国は間違いなく滅びてしまう。そう考えると、日本ってどれほど危ういのだろうと、危惧してなりません」

これまで、そして現在の日韓関係についてネガティブな声が聞かれる中、谷内田さんは、韓国ソウルの街の様子を見ながら、その根源的な問題について考え、こう指摘します。

「ソウルの街にはすさまじい数のカフェが存在しています。彼らはそこで、長い時間をかけておしゃべりを楽しんでいるのです。カフェはコミュニケーションツールなんですよ。考えてみれば、韓国の若者は日本の若者に比べて英語もうまいし、コミュニケーションに長けているように思えます。日韓の問題は、けっきょく人なんですよ。コミュニケーション不足を端とし、誤解が誤解を呼んでいる。だから、お互いに名前を紹介しあって、知り合いになった瞬間からすべてがうまくいくと思うのです。知らない相手にはいくらでも悪口がいえますからね」

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数学を生んだインドをテーマとした次回作

現在、谷内田さんが注目している旅先はインド。次の映画のテーマとなる予定なのだといいます。

「インドのスラム街の男の子がごみの山の中からおもちゃを作るところからストーリーは始まります。現在、日本のおもちゃメーカーとのタイアップを進めている段階ですが、キーとなるのは、インドの人たちがどういった宗教思念の元で数学を生み出していったのか、そこにインドの国のマインドがあるというテーマ。インドのボリウッドを巻き込んで製作を進めたら面白いんじゃないかと、タイアップを画策しているところです」

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あなたにとっての旅とは?という質問に対して、“毎日が旅”と答える谷内田さん。毎日、同じ道では帰りたくないし、来たくはない。道の数だけ経験ができるといいます。“経験がなければ何もできない”という考えのもと、旅を重ねるごとにまた、谷内田さんは、まったく新しい映像世界をゼロから生み出していくのでしょう。

谷内田彰久さん https://www.facebook.com/nafco.yachi

インタビュアー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション

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