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大河ドラマ「真田丸」の舞台、大阪城の魅力

2016年大河ドラマ「真田丸」。高視聴率を記録し、好調な滑り出しを見せているようですね。このドラマ最終的には、天下統一を果たした豊臣秀吉が築城した、天下の名城「大坂城」が舞台となります。今回は、そんな大阪城の魅力をお伝えします。

大阪城の魅力

「真田丸」時代背景は、多くの武将が活躍した戦国時代。数年前から“歴女”なんて言葉が生まれ、若い女性の間でも、戦国武将に興味を持つ人が増えていますよね。これまでは、どちらかというとシニアを対象としていた史跡めぐりの観光ツアーにも、若い女性やファミリーが参加するようになりました。大河ドラマの影響も大きいようで、毎年、ドラマゆかりの地に、多くの観光客が訪問。今年は大阪城に熱い注目が集まっています。 大阪城は、天下統一を果たした豊臣秀吉が築城した名城です。残念ながら大坂の陣で炎上しましたが、徳川政権時代に2代目が再建。現在の3代目大阪城は、昭和初期に、大阪市民の寄付によって作られたものです。内部にはエレベーターが設置。多くの展示物が並ぶ歴史ミュージアムとなっています。また、天守閣からの眺めは素晴らしく、大阪平野を一望できるのも魅力です。

「真田丸」とは?

さて、話を大河ドラマ「真田丸」に戻します。「真田丸」って、いったい何を表している言葉なのかご存知でしたか。「真田丸」とは、主人公の真田信繁、のちの幸村が、豊臣家と徳川家による最終決戦「大坂の陣」において、大坂城東南に築いた出丸の呼称。1615年、徳川方の前田利常、井伊直孝、松平忠直らの軍勢が攻勢を開始し、世に知られる「真田丸の戦い」が行われたのですが、この出城にこもった幸村が、徳川方の攻撃を食い止めたことで知られています。残念ながら、この真田丸、大阪冬の陣の終了後、和議の条件によって破壊されてしまいました。 では、その真田丸はいったいどこにあったのでしょうか。一般的には大阪明星(めいせい)学園、もしくは、もう少し範囲を広げて、明星学園と、その東側にある心眼寺を含めた一帯にあったと言われているようです。

真田幸村の抜け穴伝説

真田丸にまつわる話をもうひとつ。実は、大阪城から少し離れた場所にある宰相山公園内「三光神社」に“真田幸村の抜け穴”が存在しているという伝説が残されています。この抜け穴は、大阪城下へと通じていると言われているのですが、実は諸説あって、信ぴょう性に乏しいのだとか。ところが、三光神社には「史跡・真田の抜け穴跡」という碑がしっかりと建立。多くの観光客を惹きつけています。

大阪城ファミリーフェスティバル

そんな大阪城では、毎年ゴールデンウィークに、「大阪城ファミリーフェスティバル」が開催されています。今年は、平成28年4月29日(金・祝)から5月1日(日)までの3日間。大河ドラマ「真田丸」をテーマに様々なプログラムが用意されています。大阪城鉄砲隊や神戸松蔭女子学院大学なぎなた部による演武をはじめ、和太鼓の演奏、墨絵LIVEペインティングなどが実施。「鍛刀実演」国内外で活躍する和太鼓グループ「打打打団 天鼓」のコンサートも予定されています。

みなさんも、この機会に「真田丸」の世界観にどっぷり浸ってみてはいかがでしょう。