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前衛書作家・珠江さんのすすめるニューヨーク

プロフェッショナルの感性を刺激する旅先と、その思い出をお聞きするインタビューコンテンツ第31回。今回は、前衛書作家・珠江さんに、お仕事に対する思いやアメリカ・ニューヨークの思い出について伺います。

書作家の珠江さんは、ニューヨークで個展を開くなど、アメリカにおける日本の書の普及に貢献した立役者といえます。その前衛的な作品が、珠江さんが現地で生活を始めたばかりの1985年当時、アートに敏感なニューヨーカーの心をグッとつかんだのかもしれません。

「前衛的な書は、まず文字として読みにくい。文字と水墨画の中間に位置する、独特の世界観を持っています」

珠江さんは作品づくりにじっくりと取り組み、決して、即興で書き上げるものではないといいます。

「文字を元にデザインをしていく感覚です。まずはノート一冊使って、筆ペンや鉛筆で何度も何度も書いてみて、ある程度イメージが固まってきたら、今度は実際に毛筆を使って書くのですが、これも100枚ぐらい書いてみて、ようやくひとつの満足できる作品ができあがります」

書道との出会いは幼少の頃に遡ります。

「実家がお寺で、祖父も父も書をやっていましたので、小さなころから親しんではいました。ちょうど近所に前衛書道家の巨匠が住んでいて、小学校に通う子どもの中から素質のある子供が指導を受けることになったのですが、その中のひとりに選ばれたのがすべてのはじまりでした」

中学、高校とひたすら書道と向き合う日々。国内の名だたる展覧会では常連の受賞者のひとりに数えられていました。そのまま先生の元で修行を続けていれば、日本の書道界においてそこそこの将来が約束されるでしょう。

「でも、20代の後半に差し掛かったとき、急に“それではつまらない”と思うようになりました。年功序列の世界でレールに乗っかったところで、本当に私が書きたいものは書けるのか?という疑問を抱くようになっていたのです」

どうすればいい?と自問自答の日々の中で珠江さんはアメリカで書道をやることを思いつきます。

「私は他の弟子に比べても“先生に特に期待されていないだろう”という気持ちがいつもありました。それが、やがて“先生に認められたい”という気持ちに変わり、先生がまだやっていないこと、世界のアートシーンの最先端を行くアメリカのニューヨークの街で個展を開くのだと、それを達成することで先生の認める弟子のひとりになれると思ったのですね」

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ニューヨークで書道家としての活動をスタート

29歳の時にお父様を説得し、1年だけという約束で珠江さんは単身アメリカに渡ります。

「まずは言葉の問題もありましたから、コロンビア大学に留学し、言葉を習得しながら、日本文化を紹介するイベントやワークショップなどの機会を得て、デモンストレーションを実施しました。いきなり個展の準備を進めるのではなく、まずはベースづくりが必要だと考えたのです。いうなれば個展など、お金を払えば誰だって開催できますけれど、それでは意味がないと思ったのですね」

一過性のものにはしてはならない。あくまで文化として根付かなければ意味がないと珠江さんは考えていたのだといいます。

「アメリカの土壌に根付いた作品を発表したかった。だから生活をして、リサーチをしてと、根強く積み重ねていったのです。それには1年では時間が足りなかったのですね。父に“あと一年、あと一年”と許しを請い続けて、結局22年間、ニューヨークで暮らすことになってしまったのです」

念願の初個展は渡米から1年半後に実現。反響は大きなものでした。それをきっかけにTV局とのつながりができて、CMをはじめとするメディアの仕事も手掛けるようになったといいます。

「自活をするために、現地で起業し、ニューヨークからジョージワシントンブリッジを渡った先にあるニュージャージーの町で書道の教室を開きました。好評だった個展も4回ほど開催し、すべてが順調に進んでいるように見えたのですが、でも、どこかが違う…。だんだんと違和感を覚えるようになっていました」

珠江さんの違和感、それはアメリカ人のアートに対する感覚に起因します。

「結局、ニューヨークでは優れたアート=売れるアート、高いお金で売買されるものという概念が根付いているのですね。でも、そうではない。書の価値は貨幣で置き換えられるものではなく、人の心をうごかすものだと。それが書であり、芸術というものではないかという思いがあったのです」

22年間のアメリカ生活の中で手ごたえも感じていました。日本の書がアメリカのアートシーンに受け入れられたし、一定のファンもできた。運営していた教室も大好評で、たくさんのアメリカに住む人が書に親しむようになりました。役目を終えたと感じた珠江さんは帰国の途に就きます。

「22年ぶりに帰ってきて日本の書道界に目を向けた時、そのあまりもの変わりようにびっくりしました。あれほど硬直していた世界だったのに、今では“自称書道家”のような方々が大手を振って活動をしている。確かにポピュラリティを得たといえばそうなのでしょうが、あまりにも自由すぎる。正しいものをちゃんと伝えていかなければ、書という伝統文化が廃れてしまうという危惧を抱きました」

このタイミングで帰国を果たした珠江さんができること。それは社会貢献しかないと思ったのだといいます。 正しい書道を広め、日本の伝統文化を未来へつなげていかなければという使命感を覚えたという珠江さんは現在、東京・恵比寿で書道教室「書の道」を運営しながら、創作活動にも注力。充実した日々を送っているといいます。

「自分自身の創作活動が充実することで、教室も充実すると思っています。芸術家を育てていきたいし、ここから本当の書道家が生まれ育ってほしいと、そんな思いで指導を行っています」

憧れのニューヨーク生活をはじめるには?

やはりニューヨークしかない

22年間のアメリカ・ニューヨーク生活を経てもなお、珠江さんの中では未だにそこを超える興味の対象はないといいます。

「立っているだけでドキドキワクワクする街でした。一日住んだら、もう抜け出すことができないような磁力を帯びていました。そこにいる人から、空気から、建物、看板、目にする光景すべてから、パワーとインスピレーションを得ていたような気がします。中には、そのパワーに負けて逃げ出す人もいたけれど…。それくらい力のある街だったので、あれ以上に刺激を感じる街は見つからないのではと思ったりします」

いうなれば書にも街にも魅了されて、抜け出すことができなかった珠江さん。人生そのものが長い旅だと悟ったといいます。

「ずっと長い旅をしてきましたし、今もそうですし、まだまだこの旅は続いていきそうですね」

珠江さんの書と向き合う旅は永遠に続いていきそうです。

インタビュアー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション

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