スカイスキャナー ニュース 旅のインスピレーション プロフェッショナルの感性を刺激する旅Vol.19~ワインマーケター・伊藤啓介さんのフランス・ボーヌ

すべての記事

プロフェッショナルの感性を刺激する旅Vol.19~ワインマーケター・伊藤啓介さんのフランス・ボーヌ

プロフェッショナルの感性を刺激する旅先と、その思い出をお聞きするインタビューコンテンツ。今回は、ワインマーケターの伊藤啓介さんに、日本のワイン市場の変遷やお仕事への思い、そしてフランス・ボーヌの魅力について伺います。

ワインマーケターとして、日本のワイン市場をけん引してきた伊藤啓介さん。今から30年ほど前、黎明期にあった時代から今日に至るまで、市場の変化を静かに見つめ続けてきました。

「元々、実家が酒屋だったこともあって、就職が決まっていたにも関わらず、ワインの勉強をしにフランスに渡りました。南フランスの大学で1年間学んでソムリエの資格を取得し、その後、縁あってフランスに本部があるO.I.Vという国際ぶどう・ぶどう酒機構という国際機関が運営する学校に入学する機会を得ることに。そこでワインの世界のマーケティングとマネジメントを学びました」

帰国したのは1990年代のはじめ。日本のワイン事情は正直、まだまだ寂しい状況だったといいます。もちろん、本格的にワインについて学ぼうとするチャンスなどなく、伊藤さんはその国際的な機関で学んだ日本人の第一号という稀有な存在でありました。

「理解はしているつもりでしたが、帰国してから日本とフランスのワイン市場、文化のギャップの大きさを改めて実感しました。当時はといえば、一般的な酒販店には、“マテウスロゼ”というポルトガルの甘いワインと、“マドンナ”というドイツの白ワインぐらいしか並んでいないような時代。いわゆる超高級店以外のフランス料理店もイタリア料理店もまず存在していませんでしたから、日本人がワインを飲む機会なんて、ほとんどないという状況でした。ワインというのは大手商社でしか扱えない、珍しい舶来品でしかなかったのです」

その後、バブルが崩壊し、一気に状況が変わります。ワイン業界にも“コストパフォーマンス”という感覚が浸透。小さな生産者が作る良質のワインを小さな輸入業者が扱うような流れが生じてきたのだといいます。さらに“イタ飯ブーム”が到来。イタリアワインも日本の市場に持ち込まれ、品目数も一気に増えたのだとか。

「そして1995年に田崎真也さんが国際ソムリエコンクールに優勝。ソムリエという職業が大きくフィーチャーされるようになりました。ワインとその楽しみ方がソムリエという仕事を通してフォーカスされ、ようやく日本の中にワインが浸透しはじめることとなったのです」

今では、イタリア料理店にもフランス料理店にも、そして居酒屋のメニューにもグラスワインが用意されるようになりました。一人当たりの消費量も90年代に比べて三倍以上になったにも関わらず、まだまだ市場規模は小さいのだといいます。

「お酒全体からすれば、ビール類が70%を占め、ワインはわずか2.6%程度。若者の酒離れという社会的な問題に加え、ワイン単体では、価格の問題であったり、コルク栓が開けづらい、一度開けたボトルのワインが飲み切れないなど、ワインのライトユーザーにとって多様な障壁が至る所にあります。それをひとつひとつ取り除いていくのが、今の私の使命だと思っています」

現在、伊藤さんが取り組んでいるのはオーストラリアのワインブランド“BAROKES”の缶ワインの販売促進。おしゃれで手軽なワインとして、大人の女性を中心に静かな人気を呼んでいるといいます。

「ワインの世界は伝統という言葉に弱い傾向があります。中には“缶に入ったワインなんて”という人もいますが、缶ワインは、味も品質もガラス瓶以上に安定しているし、環境にやさしい。ビーチやバーベキューはもちろん、屋内外問わず、あらゆるシーンでストレスなく楽しむことができる優れものです。私はこの業界に長く身を置き、それこそ高級な“ファインワイン”だって数多く扱ってきました。ワインに詳しく、そしてワインに情熱を傾けている私だからこそ、市場にインパクトを与える新しい提案ができると自負しています。私が実現したいのは、ワインが生活必需品として、身近にある環境づくりなのです」

フランス・ボーヌのブドウ畑に立つ

そんな伊藤さんの販売哲学の原点となったのは、もちろん留学時代に過ごしたフランス。ワインが当たり前のように生活の一部になっている、そんな環境で生活をしたことが、自分の価値観形成に大きな影響を与えたのだといいます。

「向こうの人たちは、決してワインに詳しいとか、うんちくを語るとか、そういう感覚ではなく、ワインを飲むと料理がおいしくなるよね、会話が楽しくなるよね、みたいな、生活を楽しむため、生活を豊かにするためのツールの一つとして捉えているに過ぎないのですよ。今でも、仕事がら、お客様をワインの生産地にご案内することがあるのですが、ワインの味や歴史を伝えるだけではなく、現地の経済事情、農業事情、そして生産者が取り組んでいる課題をしっかり伝えたいと思っているのですね。我々は、遠い都会でワインを販売しているので、ともすれば、そういった生産者の背景を忘れてしまいがち。結局、そういった情景すべてがワインに味わいを与えるし、豊かさを与えてくれると思うのです」

だからこそ伊藤さんは、現地では高級レストランではなく、地元のビストロやカフェのテラスで日の光を浴びながら、気軽なロゼワインを飲ませる、そんな経験をお客様に提供するし、自分でも楽しむのだといいます。

「ボーヌという街は、そんな経験を楽しむのに最適な場所です。ブルゴーニュの本拠地の田舎町で、美しい田園風景が広がっている。私も何度も足を運んで、ほっと心休まる時間を楽しんでいます」

ワインを扱う仕事とはいえ、ロマンチックな話ばかりではありません。交渉事がこじれたり、気持ちが萎えることもあります。そんな時に伊藤さんはブドウ畑の真ん中に立って思いっきり深呼吸するのだといいます。

「壁にぶち当たったり、迷いが生じたときにはブドウ畑に行くと、自分がやりたいことの原点に立ち返ることができて、気持ちが整理され、すっと答えが見つかるものです。自分がやりたいことの原点?当たり前にワインが身近にある世界を作ること、すなわち生産者が汗を流しているこのブドウ畑と、ワイン消費地である都会のギャップを埋めていくこと、お互いの思いをシームレスにつないでいくことなのだと」

パリ行き航空券をチェック

マディラ酒の生産地・マディラ島に惹かれる

伊藤さんが現在、注目している旅先はモロッコ沖に浮かぶポルトガル領マディラ島。ポートワイン、シェリーと並ぶ世界三大酒精強化ワイン・マディラ酒の生産地なのだといいます。

「世界中のあらゆるワインの銘醸地とよばれる土地を旅してきました。ところが、なぜかここだけ行けてないんです。マルコポーロ以来、ヨーロッパからアメリカに渡る船に積まれ、トーマス・ジェファーソンが1776年の独立宣言の祝杯として飲まれたことでも有名なマディラワインの産地で、断崖絶壁の山々と大自然にあふれ、美しい海に囲まれた絶景の孤島だと聞いています。ワイン好きの私にとっては、とても興味が惹かれる場所であることは間違いありません」

マデラ島行き航空券をチェック

ワインに魅了され、日本におけるワイン普及のために半生をささげてきた伊藤さんにとっての旅とは?

「最終的に、ワインを通じて人々の生活を豊かにしたいと思っているので、“じゃあ、豊さって何?”と考えると、その答えは世界中に、その国、その地方の数だけ存在すると思うのですね。だから、旅先では、それを見つけ、実感したいと思うのです」

旅を重ねるごとに豊かさの引き出しの数を増やしていく伊藤さん。今後もワインを通じて、その豊かさを享受する手段を、私たち消費者に提案してくれるのでしょう。

伊藤啓介さん https://www.facebook.com/keisuke.itoh http://wineinacan.com/about/markets/japan/

インタビュアー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション

地図